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鳥取弾丸鉄道旅行1日目。~台風なのに強行編~ (速報版 鳥取よりUP)

今日は台風襲来が分かっていたにも関わらず、
既に切符や宿の手配をしていた鳥取旅行を決行!

昨夜、寝る前には雨音が聞こえなかったので
「もしかして?」と期待しながら寝床につくも
今朝、5:00に目覚めると外からは雨音。
しかしもう引き下がれない!
意を決して折りたたみ傘だけ持って出発。
新幹線が止まらなければいいが…と思いながら。

地元を朝に出発して、予定通りに行動し
品川から新幹線のぞみ13号に乗り換え。
その前に駅構内の売店で目覚め缶コーヒーと
朝食のクラブサンドを購入。

2人掛けを希望するも3人掛けの窓際しか取れなかったが、
完全満席ではなかったので、これがむしろ正解。
隣の人との間に中央席の空席が常に確保されており、
快適に新大阪まで移動。

雨で残念ではあるが、その車窓も情緒があってまたいいと思った。
特に小田原~静岡あたりは雨も強かったけれど、
緑と雨の織り成す景色が美しいと思ったし、
その中を定刻通りに駆け抜ける新幹線の正確さ、
高い技術力を実感もして、新幹線独特の旅情をも感じた。

新幹線は在来線特急などを駆逐していく存在のようにも思えるが、
新幹線が走り出して半世紀が経過し、
新幹線自体にも歴史や情緒という重みが出てきて、
「新幹線での旅も悪くないな…」と感じた自分がいる。

途中、名古屋あたりから雨がやんでいることに気づく。
「もしかして西に進めば雨は降ってないのか」と期待。
諦めて無理矢理、勢いで決行した旅行なだけに
かすかな希望が見え始めて心が躍る。

何度乗っても新幹線の速さには関心をさせられる。
時折、車窓に見える東名・名神高速を見ては
「あのあたりまで来るのに、結構疲れるのに、もう新幹線だと来ちゃったか」と
思いました。
気づけば関ヶ原も越えて瀬田川を渡って京都へ。
ソアラを運転していると、瀬田川を渡ってようやくだと思ったものだ。
と、同時に最近は新名神ばかり使っているが、
彦根あたりを走行中に、思い出のA/Tソアラと何度も往復した
その名神高速の風景を眺めるとセンチメンタルな気分に…。

新大阪に着くと乗り換え。
もちろん、今回の目的地に行くのに乗り換え予定の姫路には、
品川から乗ってきた「のぞみ13号」も停車するのだが、
それにはちょっと理由があって乗り換えです。

2年前、引退前の0系に乗った私ですが、
続いて引退へのカウントダウンが始まった100系に乗りたくて、
そこに照準を合わせて家を出る時間も決めたという。

というわけで新大阪から姫路までは、
各駅停車タイプの「こだま」で移動。
ところが、こちらは台風の影響ではなくて
朝に博多の車両基地内で線路に異常があったようで、
上り列車に遅れが出ており、その影響で新大阪で折り返しになる
私が乗るこだまにも遅れが10分ほど出ているとの事。
どのみち乗り継ぎが悪く姫路で1時間の余裕があったので、問題は無かった。

そして待ちに待った100系新幹線がしばらくして入線。
実は100系こだまには4両編成タイプと6両編成タイプがあるが、
今回は予め調べて、6両編成で運行される100系こだまを選択。
その理由が、一部の100系では東海道新幹線で活躍していた時代の
ホワイト地にブルーの帯を纏った原色に戻したものがあるとの事だが、
その一部というのが全て6両編成車だからだ。
すなわち4両編成のこだまでは原色に当たることはなく、
6両編成に照準を合わせることで、原色に乗れる可能性が出てくる。

ところが新大阪に入線してきた6両編成の100系は
JR西日本色に塗り替えられたものであった。
でも物は考えようだ。
0系引退のときも、引退前に原色に戻されていたが、
私は結局、JR西日本色の0系は見ていない。
これから100系も原色にどんどん戻されるとしたら、
このカラーリングの100系に乗るのはこれが最初で最後になるかもしれない。
そう思いながら、カメラを向けている私がいた。

いよいよ車内清掃が終わると久し振りの100系に乗り込む。
私にとっては0系や100系こそが、やっぱり新幹線という印象を受ける。
品川~新大阪まで乗ってきたN700系は快適だったし、素直に良いと思えたが、
やはり最新鋭にはない味のようなものがあると思うのは私だけだろうか。
N700系の窓はえらく小さくなった印象を受けたが、
この100系のパノラマウィンドウこそ、東海道・山陽新幹線という気が私はする。
私の幼少時代、東北・上越新幹線の200系は皆、小窓であったが、
東海道・山陽新幹線の0系と100系には大窓が存在して、
その違いが子供ながらにも印象的だったからだ。

また、100系の車内は今でこそ、カーテンが備わる窓などレトロさを感じるが
当時の私には電光表示などが備わっている事に新しさを感じたし、
天井の凸凹が印象的でもあった。
天井は当時のままであったが、電光表示は違うものに換えられていた様だ。
たしか100系デビュー時は、到着駅に近づくと
駅までの残りの距離をカウントダウン表示していた記憶がある。

子供の頃の私にとってはスター的存在だったシャーク顔の100系。
ある意味では私にとっては0系以上に親しみのあった新幹線かもしれない。
当時はたしかニュー新幹線なんていう80年代らしい呼ばれ方をしてましたね。
小学1年生の春休み、京都のいなかに帰省するのに、
親が調べてデビューしたばかりの100系に乗せてくれたのを覚えてます。
入線前に駅員に念の為にたしか確認したんだっけかな。
そしたら、聞き方が悪かったのか、駅員の勘違いだったのか
「いえ、古いタイプの新幹線です」との回答に
弟と一緒になって、すごく落胆したのを覚えてます。
そんな二人に「また次のときに乗ればいいじゃない」と親に諭されていると、
入線してきたのはピカピカの100系新幹線!
歓喜の声をあげたのを今でも覚えております。

長らく0系ワンメイクだった東海道・山陽新幹線に
初の新型車として現れた100系はセンセーショナルでした。
しかしながら、0系のデザインを踏襲し、
よりシャープな印象になって登場した100系は、
どことなく0系に敬意を払っているかのようにさえ思える。
でもだから、新しく出てきても紛れも無く新幹線であったし、違和感もなかった。
言ってみれば10ソアラを踏襲しつつも、シャープになって
さらにその人気に火をつけた20ソアラ的な存在とでも言えましょうか。

そんな色々な懐かしい日々を思い出しながら
100系に乗っていると、途中で新神戸・西明石に止まり
あっという間に下車駅の姫路に到着。

ここで写真撮影と、後からやってくるひかりレールスターに
抜かれるシーンを動画撮影しようと思い先頭部へ。
すると先客達が既に写真を撮っている。
なかには小さな子供が100系の前で記念撮影。
小さい子には500系やN700系のような目立つ車両や、新しい車両が人気かなと
思っていたが、こういう光景は微笑ましいですね。
100系の前で記念撮影している親子に幼き日の自分を重ねてしまう。

ひかりレールスターの追い越し通過シーンも動画撮影。
こちらも、九州新幹線が全通すると引退する存在なので
記録に残しておきたいという気持ちがあった。

姫路駅停車中の100系

撮影をしていると、先客のお兄さんから話しかけられた。
「コイツも、もうすぐ引退やわ」。
「そうですね、寂しくなりますね」と私。
それから彼とは改札口付近にあった、
九州新幹線「さくら・みずほ」のポスターの前で再度出くわした。
「お兄さんはどちらからですか?」と尋ねてみると
「小倉から来た」との事。
普段の生活では、なかなか小倉の人と話す機会もないであろう。
これも旅ならではの一期一会。

「私はこれから鳥取まで行きますよ」と話すと
「田舎が鳥取だったから、子供の頃はよう行ったわ」と彼は話してくれた。
「それでは良い旅を続けてください」と声をかけて私はその場を後に。

ここでは当初、やりいか飯を鳥取までの道中での食事に購入する予定だったが、
見本を見て「あなご飯」に心を奪われてそちらをあっさり購入。
「こりゃ、プレミアムモルツが合いそうだ!」と思うも、
売店での取り扱いはなく、他の銘柄に妥協したが、
車窓を眺めつつ食事して、酒を飲めるのも列車の旅ならではの贅沢。

姫路駅構内で乗り換えようとすると、2年前とだいぶ構内が変わっていて驚いた。
以前まであった木造の屋根の地平ホームはなくなり、全てコンクリートの高架ホーム。
あのホームにキハ181系はまかぜが入線してきたとき、
すごく郷愁に満ちていて感動したものだが、まぁ、時代の移り変わりは仕方ないですね。
姫新線の気動車もいつの間にか新しくなっていた。
2年前に「姫新線にも乗ってみたい」と思ったのだが…。

ホーム上で見慣れない関西圏の列車を眺めて時間を潰す。
しばらくして倉吉行きの特急スーパーはくとがやってきた。
そのステンレス車体の外観からあまり興味のなかった列車だったのですが、
いざ乗り込んでみると、内装はなかなか雰囲気もあり、
またディーゼル車特有の振動・音を立てて力走するのが、たまらない。
車内メロディも凝っていて、郷愁に溢れていた。

車窓は次第に秋が深まりつつある里山に。
古い家々、その庭に実る柿、雨上がりで靄のかかる山々、
そこにある木々のうち紅葉の始まっているものが、
コントラストを添えていた。
また時折、渡る橋から見える川の流れも清らかだ。

その景色を眺めながら、ディーゼル特急に揺られて
美味しい駅弁を食べてビールを飲む…その贅沢さに
一人旅だというのに、思わず笑みを浮かべてしまったが、
あまりの景色の美しさに旅情を掻き立てられると同時に
「日本って美しい国だなぁ…」とあらためて実感すると共に感動してしまい、
自分でも不思議だったのだが、気づいたら涙が目から流れ落ちておりました。
そして「金欠の中、台風接近の中、強行した旅だけれど、来て良かった」と
心の底から思いました。

あなごめし

窓の外は時々、晴れ間も見えるようになり
「これで砂丘も歩けるかも!」とテンションもあがってきました。
しかし、とあるトンネルを抜けたところで分水点を超えたのでしょうか。
窓の外は雨に逆戻り。
「これでは砂丘も諦めるしかないかなぁ…」と落胆の私。

鳥取駅に着くと、乗ってきた列車の撮影もしたが
バスの乗り換えまで時間が無いので大慌てで行動。
1本乗り遅れると30分後になるわけで弾丸ツアーとしては痛手なので。
コインロッカーに大きな荷物は置いてバスへと飛び乗った。
このとき、折りたたみ傘を一緒にコインロッカーに
入れてきてしまった事に気づくが時既に遅し。
駅舎からバス停までは傘をささずに濡れながら走った。

だがそんな行動が返って良かったのかもしれない。
ワイパーの動くフロントウィンドウを見つめながら、
雨が降っている事を再認識させられるが、
砂丘エリアに入るとバスのワイパーが動いていない。
そう、なんと雨がピタリとやんだのだ!
「神様、ありがとう!」。心の中で何度も感謝した。

というわけで予定通り、終点の砂丘会館まで行って降りた。
雨天であれば手前の砂丘展望台で降りて
砂丘は歩かないで少し眺めるだけに変更と思っていたけれど。

バスを降りて道路を渡り、階段を上り切ると…
思わず一人なのに「おぉっ!」と声をあげてしまった。
写真などで見るよりも、ずっと壮大なスケールだ。
実は「海の砂だったら九十九里浜でも見れるし」と
ちょっと期待してなかったのだが、これはすごいレベルだ。
まさに砂漠のようにも思えた。

鳥取砂丘

残念ながら雨の振った後である事と土曜で観光客が多くて
風紋どころか足跡だらけだったけれども、
ある意味では雨が降ってくれて正解と思いました。
というのも、一部乾いたところでは強い風により砂が吹き付けていましたが、
歩きにくい上に砂まみれになります。
もしそれが全体だったら…。

鳥取砂丘の風紋

いや、それこそが砂丘の醍醐味なんでしょうけれども、
デジカメ、眼レフ、デジカムを構えて歩いている身だったので…。
あと水分を砂が含んでくれたおかげで、歩きやすかったです。
これが逆に水分量が過多になると、泥まみれで
また歩きにくかっただろうし、そう考えると絶妙なタイミングで
雨が降ってやんでくれたようです。
「さっきまでの雨は恵みの雨だったか」なんて思う私でした。

馬の背と呼ばれる砂の丘へあがると、目の前には海が広がったが
ものすごく吹き付ける風が強い。
こんな状況下でも、「シャッター押してもらって良いですか」と頼まれる私。
よく頼まれるし、道も聞かれるんですよね、不思議と。
一人旅のマダムのようでしたが、細かい注文をお聞きし
渡された携帯で写メ撮影。
「ありがとう!また、違うポイントで会ったら、頼むかもしれません」って…。笑
代わりにマダムも俺の携帯で写真を撮ってくれました。
やっぱり旅は一期一会も醍醐味ですな。

鳥取砂丘と日本海

強烈に印象的だった砂丘を後にしながら、
東京砂漠を一人ぶつぶつ歌いながら、一部だけ歌詞を替え歌して
「この鳥取砂漠~♪」と小声で言っていたのは私です。笑

砂丘会館に戻ると、土産物を購入。
宅配で自宅へ直送。
20世紀梨を買おうと思ったら、おばちゃま集団が襲来して
あっという間にそこが黒山の人だかりになったので、別のものを買いました。笑
自宅静養中で遠出の出来ない親父に、せめても鳥取の味をと思って、
親父の好きそうなものをピックアップしてね。
だけれども今は酒が飲めないのに、こんな肴を買ってよかったのだろうか…。汗

自分の計画よりも砂丘見学と土産購入が早く済んだので、
鳥取駅に着く時間は変わらないが、遠回りをしてかつ安い
乗る予定だったバスよりも先に出るバスに乗って、鳥取ドライブをすることに。

するとここで先程のマダムと再会。
「先程はどうも~」なんて話しかけられて、バスの時間について聞かれる。
「こちらは先に出ますけれども、遠回りするので到着は変わらないですね」と説明。
さらに私はネットで時刻表を調べて印字してきてたので、それを出して見せた。
「あら~、18時の飛行機に乗らないといけないのに間に合うかしら…」。
恐らくバスの時間までは、なかなか調べてくる人はいないのかもしれないですね。
最終的に迷われた挙句、私の乗ったバスには乗らなかったけれども
無事に飛行機に乗れたのだろうか。
「すいません、じゃ、また」と俺に挨拶してくれたけれども
「また」はあるのだろうか!?笑

バスは空いていて快適に移動。
車窓に見える砂丘、港、そして古い町並
景色の変化に見飽きる事はなかった。

鳥取駅に到着すると徒歩で移動開始。
予め調べてあった旅館の日帰り入浴へ。
ただ夕方や土日は、日帰りを断る事もあるとの事だったので、
その両方が該当するタイミングで行くのは不安もあった。

予め印字してきた地図を見ながら歩いていき到着すると、
入り口の前に「本日の立ち寄り湯はお断りさせて頂いております」との看板。
入り口前に立っていた従業員さんに尋ねてみると、
「ごめんなさい」との事だったが、すぐ傍にいた少しご年配の従業員の方が
「車じゃなくて徒歩ですよね?お一人ですよね?でしたら少々お待ちください」と
何やら確認に走ってくれて、その結果、1時間くらいとの時間制限はついたもののOKが出た。
駐車スペースを取らない、人数も少ないというところと、
明らかに観光客の風貌だった事から、考慮してくださったのだろう。
宿泊もしてない客の為に、親切・臨機応変な対応をしてくれた旅館の方々に感謝。
「またミラクルが起きたなぁ~」と思った。

入るとキレイな宿で、従業員が皆、対応が礼儀正しくて感じが良い。
是非とも今度は泊まりに来たいとその時点で思った。

お風呂も少しコンパクトながらも、キレイだし
露天もあってなかなか良かったです。
泉質も良く、鳥取砂丘を歩いて疲れた足が癒されました。
露天からは、目隠し越しだけれども、走る列車も見えて
その視点からも良い風呂でしたよ。

1時間を目処に風呂をあがり、宿を後にしたけれど
大変満足だったので、番台、フロント、玄関前の外にいた従業員の皆さんに
「いいお湯でした。今度はぜひ泊まりに来ます」と声をかけてきました。

鳥取駅に再び戻ると、今度は駅弁を購入。
予めスーパーはくとから下車した際に買っておけば良かったのでしょうが、
目当ての松茸わっぱは「ついさっき売り切れちゃいました」との事。
また明日の朝、私が列車に乗る前の時間には1種類しか出ていないとの事で、
松茸わっぱどころか、選択肢も明日になると減るのに気づく。
しかし賞味期限が今日までのものも多くて迷った。
色々と、弁当屋のおじさんと話し込んで選んだのが、
おじさんオススメの幕の内(今日のホテルでの夕飯)と
明日まで持つかに寿司。

それからコンビニで明日の飲み物や、プレミアムモルツを購入。
コインロッカーに荷物を取りに行ってから、ホテルにチェックイン。

早速、電脳ステーション(!?)を広げて各機材の充電や
撮影してきた写真をPCに取り込んだ。
今日の写真をスライドショーで眺めながら、幕の内をほお張り、
それからPCに向かって日記を執筆。今に至ります。

宿泊のホテルにて

さて明日はどんな出会いが待っているのだろう。
弾丸ツアー後編も楽しみです。
今、窓の外は雨のようです。
チェックイン後に降るとは…。
今日、一度も傘を使っていないのが奇跡としか思えないですね。

さて明日も朝早いし、既に予定の消灯時刻をオーバーしているので
休まなくてはですね。おやすみなさい。
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  1. 2010/10/30(土) |
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